真のスピリチュアルな生き方となんちゃってスピリチュアルのちがい

真のスピリチュアルな生き方となんちゃってスピリチュアルのちがい

サイキックはツールでしかない

見えないものが見えたり聞こえないものが聞こえたり。そういう状態をサイキックといいますが、サイキックであることは確かにスピリチュアルではあります。が、それはあくまで宇宙からの情報を収集したり人を癒すためのツールにすぎません。

サイキックであることを自慢したり、他の人よりもえらいとか、特別なんだという思いを抱くことはなんちゃってスピリチュアルです。

真のスピリチュアルはサイキックな能力を特別だとは思っていないので「すごい!」と言われてもピンとこないし、サイキックであることに対して謙虚です。

サイキックを目指して努力することはまったく悪いことではありません!ですがその先に自分は何をしたいのか、なんのためにその能力を取得したいのか、を考えてみるといいかもしれません。

現実世界と調和していない

スピリチュアルに目覚める人は、今まで生きづらさを感じていた人が多いと思います。スピリチュアルを知ることで、生きづらさから解放され、自分という存在を認められるようになることは最幸に素晴らしいことです。

逆にいうと、スピリチュアルに目覚めることが魂に設定されていたため、生きづらさを感じやすい家庭環境を選んで生まれてきている可能性はとても高いです。

スピリチュアルに目覚めると、目覚めていない人たちをジャッジしがちになります。これは実は誰もが通る道なので安心してください。

ですが、この段階に居続けることは自分を苦しめることになります。なぜならスピリチュアルな世界だけが自分の住処で、現実世界はいつまでも自分の居場所ではないと思ってしまうからです。それはまるで息を止めて水の中に潜って、自分の部屋だけが息を吸える場所のように感じます。

真のスピリチュアルとはこの世界はすべてひとつであるということを感じられるようになっていることです。現実世界ではうまく生きられないのであればそれは「すべてはひとつ」から大きくかけ離れ、「分離」の意識であり、スピリチュアルとは真逆です。

スピリチュアルに目覚めたとき、「やっと息が吸えた!」と感じることでしょう。そしてとても美味しい空気を感じるとともに、外の空気の息苦しさをよけいに感じてしまうかもしれません。それでも地球に生まれた以上、三次元世界をうまく乗りこなす方法を覚えることであなたの世界はいつでもスピリチュアルになることを忘れないでください。

全体性を感じて生きているかどうか

全体性とは、自分のことや自分の周りのことだけでなく、もっと広く生命全体、地球全体、宇宙全体という視野でものごとを見ている状態です。

スピリチュアルな活動をしていても、環境に配慮できていなかったり、他人への気配りができていないときは全体性を感じて生きていないということです。真のスピリチュアルは全体性を感じているので行動がそのようになります。

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スピリチュアルな目覚めって段階があるっていうのを前に何かで見ましたので、今度はそれをご紹介したいと思います。覚えておいてほしいのは、いま自分がどの段階にいても、なにひとつ間違いではないんだってことです。

スピリチュアルな目覚めって、そうなろう!って感じじゃなくて気づいたらそうなっていた。という感じがみなさんご経験あると思います。ひとつひとつページをめくるような感じで、そのときにはわからなかったことが今は感じられるよう!というのがスピリチュアルな目覚めの面白さだと思っています。

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